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時々臨也は泣く。
それは例えば並んでテレビを見ているときだったり、風呂上がりに髪を乾かしてやっているときだったり、また眠っているときだったり、実にとりとめのない二人の日常のある瞬間に訪れるのだ。
どうかしたかと俺は決まって訊くのだけれど、当の本人は言われるまで自らが涙を流していることにさえ気付いていない。俺が少し眉を寄せて、こいつの代わりに表情を変えたのを見て初めて臨也は自分の状態に気付くのだった。

「なんでもないんだ。」
こんな時こいつの返答はいつだってそっけない。いつもは黙れと言ったって次から次へとわいてくる屁理屈も軽口もどこへやってしまったのだろう。
臨也は大抵一言だけそう口にするとその後は口を閉ざして涙が収まるまでおとなしくしているのだ。
止めどなく流れてくる涙を拭うこともなく、ただそれが通り過ぎていくのを静かに待っている。はじめは一滴だった涙は段々と量を増し、生み出された一筋はいつの間にか頬全体を濡らしていた。その時の男の顔は、まるで作り物みたいで触れることをいつもためらってしまう。臨也が泣くのは俺が隣にいるときだけだからそれはきっと触れていいものなのだろうけど、心のどこか一部で、ずっとこのまま見ていたいという気持ちがあるのも事実だ。口に出すとこいつは怒るだろうが、この泣き顔が俺は嫌いではない。
俺以外の誰にも見せない、ひどく無防備なこの表情で満たされる部分が確かに俺の中にあるのだ。

「どうして出てくるんだろうね。」
涙が止まった後、臨也はよく不思議そうにそう言う。
「俺がいるからじゃねえの」と言ってしまいたい衝動に駆られるが、いつかこいつ自信が気付くまで俺は黙っておこうと思う。


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「おかえり。」
「ただいま。ああ、もう、散々だ。」
頭の先から革靴の中までびしょびしょに濡れた同居人は、そう言って不機嫌そうにゆるく首を振った。髪の先から垂れる水滴を、こいつがきっと濡れて帰ってくるだろうと予想して用意して置いたタオルで拭き取ってやると、文句は「雑だ」という一言だけで臨也はそのままじっと俺のなすがままにされていた。タオルの中だと痩せた身体が余計小さく見える。頭をあらかた拭き終わってから臨也の肩にタオルを引っかけてそれごと抱き込むと、じんわりと体温が伝わってくるのがわかった。

「濡れるよ。」
「ちょっと痩せたかお前。」
「一週間やそこらで変わらないだろ。いい加減着替えたいから離してよ。」
「もうちょっと。」
「仕方ないなぁ、君ってやつは。」
馬鹿だなと言いながらも俺の背に回された臨也の手は優しい。こいつがいなきゃいけないなんて考えることなんてなかったのに、いつからか無意識下にそれが焼き付いてしまって離れない。こいつと同居し始めて数ヶ月、気付かないうちに変わってしまった部分はいくつあるだろう。

苦情の声も聞かないで臨也の身体をそのまま持ち上げて風呂場へ向かう。
「やっぱり痩せたって。」
「君、俺の体重まで把握してるの。」
「当たり前だろ。お前は俺のだ。」
「君のそういうとこが嫌いだよ。」
「俺は好きだけどな。」
「うるさい。というか、変わってたところでせいぜい一キロぐらいのものじゃないか。気にするほどじゃない。」
「お前は俺のもんだって言っただろ。一キロだって減らしたくねえんだよ。」
「横暴だね。」
「褒め言葉だ。」
臨也は喉を鳴らして小さく笑う。臨也の濡れた指が俺の頬に触れてゆっくりと撫でていったと思ったら、次の瞬間にはそこに唇があてがわれていた。柔らかい感覚に息を止めた俺を見て、頬を赤くしたのは臨也の方だ。

「君がそんなに俺のことを好きだなんて知らなかったよ。」
それはひどく満足そうな声だった。

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※蟲/師パロの設定、シズイザ

「元々俺は蟲を寄せやすい体質でね。」
男はそう言いながら煙草に火を点ける。マッチを擦る指先を、俺はどこか遠くにあるように思いながら眺めていた。
薄暗い部屋にほのかな灯りが揺らめく。白い煙が部屋を満たすにつれて、先ほどまで騒いでいた蟲たちは口を閉ざしていった。
壁を這いずり回っていた最後の一匹が部屋から逃れていくのを見てから、俺は視線を目の前に座る蟲師の方へと戻した。臨也は手提げ鞄の中からいくつかの物品を取り出して検分している。ひとつは刃物のようだ。それは何だと尋ねると「呪いの刀らしいよ」と臨也はいかにも面白がっているような口調で返した。
「だけれどもどうやら蟲関連のものじゃあないらしい。」
口元は笑ってはいるがひどく残念そうな声色である。俺は首を傾げた。

「どうして蟲じゃないってわかるんだ。」
怪異のあるところに蟲がいると言ったのはお前だろうと訊くと臨也は肩を竦めて笑う。
「ちょっと特殊な体質でね。言っただろ蟲を寄せやすいって。」
ここに蟲がいるならば全てそいつらは俺に向かってくるはずだ。臨也はそう言いながら自らの胸元を指した。
「俺のここには光酒というものが流れているんだ。」
「光酒?」
「ああ、生命の源、潮流みたいなものかな。人よりも蟲よりも、それよりもずっとずっと命というものの根元に近いものだよ。それが俺の身体には流れている。」
「お前、人じゃなかったか。」
「言っただろ、単なる体質さ。俺は人だよ。ただちょっと他の人間と違った環境に生まれて、違った血筋があったってだけのことさ。」
男の細い指が煙草を挟んで、それから側にあった皿に灰を落とした。思わず俺は臨也の手首を見る。白い肌、そしてその下に血管が透けている。そこには確かに血潮が流れているはずで、こいつが近づくと確かに蟲たちがえらく騒ぐという事実があるのに、俺にはさっき臨也が言った言葉が信じられずにいた。
臨也はもう一度煙草をくわえ、ゆっくりと煙を吸い込み、そして吐き出してから話を続ける。

「俺は他の人間と変わらないけれども、それでもきっとただの人間よりかずっと長く生きるよ。」
実は君と同じように俺も怪我をしたことがないんだ。そう言った臨也の目に俺が映っているのが見えた。

「でも君よりかは早く死ぬだろうね。ねえシズちゃん、そうなったらさ、俺が死んだらさ、」
何となく臨也の言わんとしたことを察して俺は首を振った。聞きたくない。それでも俺はこの言葉をいつか受け入れなければならなくなるだろう。それの辛さを知っていてこいつはそれを言うのだ。俺にはこの男が憎くてたまらない。俺を置いて先にいってしまうこいつを、俺はいつまでも追いかけなければならないのだ。

「君に俺の身体をあげる。」
君は嫌かもしれないけれど、そうしたらきっと俺がいなくたって君の力は安定するだろうから。臨也は笑っていた。

「俺が死んだら、いや俺が死んでも、」
思わずそこで臨也の腕を掴む。はっとした様子で赤い目が俺を見た。
俺は何も言えなかった。
それでもこいつに皆まで言わせてはならないとそれだけ思ったのだった。

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それはある休日のこと。天気の良すぎる真夏日のことだった。俺と臨也の休日が被るなんて滅多に無いことだから今日はどこかへ出掛けようかと朝方に言ったはいいものの余りの暑さに耐えかねて、クーラーの利いた部屋で二人してソファに沈むばかりの午後のことだった。
何も考えずにテレビを見ている俺の膝を枕に臨也は雑誌を読んでいる。たびたび向きを変えるものだから膝に当たる髪の毛がくすぐったい。お返しにその髪を指先で梳いてやると臨也は猫みたいに目を細めていた。テレビを消すとページをめくる音だけが聞こえるほど穏やかな日だ。
臨也が雑誌を脇に放り投げたのを合図にその頬に手を滑らせると、同じように臨也も俺の頬を撫でた。お互い何も言わずにじっと目だけを見つめていた。
唇が目に付いたので俺が自分のを寄せてみようかと思った時、不意に臨也が口を開いた。

「君、髪の毛プリンになってるよ。」
いきなり言われたものだから、俺は一瞬何のことだかわからず目をあけたまま固まる。屈めかけた身体も動きようが無くなって中途半端な体勢のまま臨也の口元を見つめていた。
そんな俺を差し置いて臨也は素早く起き上がり「俺が染めてあげるよ」と歌でも口ずさむみたいに楽しそうに言った。髪なんて、と言おうかと思ったが俺の手にはまだ臨也のそれの感覚が残っていた。
「君の髪に触るのが好きなんだ」と臨也が先に口にした。


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今でも時々は昔のことを思い出す。
かつて高層ビルの建ち並ぶひどく大きくて狭い街に住んでいたこと。毎日毎日移り変わる人々を眺めていたこと。それと同じぐらい頻繁にある男と殺し合いと呼んで良いほどの喧嘩をしていたこと。そしてその頃俺が情報屋と呼ばれていたこと。
今となってはもう「昔」と言うしかないそれらの出来事は、あの土地を離れた後もまだ俺の側にいて、ふとしたときに視界に入ってくる。ちょっとした事情で俺があの街を出てもう何年が経つだろうか。年数を数えようとすると過去となってしまった出来事たちがこうして俺の視界を遮るものだから、未だにうまくいったためしがない。きっとこれからも俺は思い出すことばかりが上手になっていくんだろう。

寂れた駅のホームのベンチに腰掛けながら電車が来るのを待っていた。あの街から離れ俺は人の目を逃れるように電車を乗り継いで、そうしてこの町にやってきた。ほとんど潰れかけたような工場がいくつかあるばかりの灰色の町だ。町の端には港があるが潮の向きの関係かそれとも風潮がそうさせるのか船が泊まっているところを俺は見たことがない。どこへ行っても潮の匂いがする。俺がこの町に住み始めたのはそのせいかもしれない。時折俺のもとに訪れる思い出の中の半分ぐらいは煙草の匂いがする。それをかき消してくれる海の香りを俺は頼りにしているのだ。

ここへ来てから、俺はずっと一人である。元々人口の少ないこの町では外れに住んでしまえば隣人と言える人さえおらず、へたをすれば言葉を忘れたって生きていける。言葉を生業にしていたあのころと雲泥の差だと時々おかしくなる(どちらが上かは俺にはわからない)。
ただ過去だけがいつでも俺の側にいる。何かを考える時にはいつも光を鈍く反射する金髪が浮かぶ。
いい加減忘れてしまえばいいのにと常に思うのだが、身体のどこかがそれを拒否する。彼の指先が思いもしないくらい優しかったことや彼の声の響き、彼の体温。自分でも気付かないうちにそんなものが思い出されてくる。

(彼にとって俺は何でもないただの人間だった。)
もうずっと前にそう結論づけたのに俺は彼を昔の物として認めることが出来ないのだった。

ホームに電子音が響く。この駅に止まらず通過していく電車の窓に金色が光ったような気がして無意識に目がそれを追うのを、あきらめが悪いと大きくため息を吐いた。


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