忍者ブログ

   
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


「どうやってあの髪型を作るんだ。」
そう言って男が俺の手元を覗き込んでくる。無表情のくせに目には好奇心が一杯に浮かんでいて、あんまりにそれがただただ純粋なもんだから俺は振り払うことも出来ずに少しばかり眉を顰めることしかできなかった。

「荒北。」
それなりに広い洗面所の中で、わざわざ一つの鏡の前に男二人で立っている様子は周りからどう見えるだろうか。幸いにもまだ朝は早いから俺たち以外には誰もいないが、しかしながらそれでも距離が近いことには変わりない。ちょっと離れろ、と俺が言っても福富は早くしろと期待を込めた目でこちらを見るばかりで聞いちゃいない。
俺は長く伸ばした前髪をざっと掻き上げながら一つ溜息を吐く。全く面倒な奴に捕まったもんだ。今俺の隣にいる男。名前を福富という、なんともおめでたいような字面の男と出会って以来俺はこいつに調子を狂わせ続けられている。ロードレーサーなんていう、ぱっと見本当にこんなもんで走れんのかって思えるような自転車にうっかりはまってしまったこともそうだし、それに入る気も無かった部活なんてものに参加することになったのもそうだ。今だって、人がわざわざ誰とも会わないように時間をずらして起きてきたにも関わらずこいつはこうして俺の側にいる。そうして何を言うかと思えば「いつものあの髪型にしないのか」なんてことを興味津々で言うもんだからわけがわからない。
調子が狂う。こいつを振り払えないのも本調子じゃないからだ。まだ出会って間もないこいつに振り回されているなんて考えたくなかったが、しかしそれでもこいつが「前を見ろ」と言った瞬間に見えた景色を俺は忘れられずにいるからもう手遅れなのかもしれない。
口に突っ込んでいた歯ブラシを取っ払ってうがいをする。ちらりと鏡越しに見ると、やはりまだ福富は俺の方を見ていた。こいつなりに俺と交流を図ろうとしているのか、それともただ単なる好奇心か。(おそらく後者だろうと俺は思う。)
「福富よォ、」
俺がそう振り向きながら口にすると、福富は今度は俺の目を見た。朝早くから男二人で向き合って何してんだと内心では思ったが、口には出さなかった。
「お前、俺に何つった。」
「何をだ」
「人の三倍回せっつっただろ」
「ああ」
「だから俺、今から朝練行くんだけどォ?」
「ああ・・・なるほどな」
俺が今から髪の毛をセットする気が無いと気付いたらしい。福富は少しばかりがっかりしたような顔をした(ように見えた)が、すぐに俺にどのコースにするのかと尋ねた。峠があるところだと俺が答えると「わかった」と一言返事して福富はこちらから視線を逸らしてしまう。どうしてそれを聞いたのかの説明もない。案外感情で動く奴なんだなと俺がちょっと意外な気持ちでいると、ふと福富は振り向いて俺の方へ視線をやった。
「今日は俺も一緒に走る。」
「アア?何だよ珍しいことすんじゃねえか。」
そう俺が返すと、少しだけ福富は目を泳がせて、それからまた視線を戻し、こう言った。
「そうすれば、お前が髪の毛をセットしているところを見られるだろう」
バカじゃねえの、と思わず口にした俺に福富は何とも返さなかった。けれども一瞬こちらに待てよと向けられた視線にもう俺は動けなくなっていて、結局のところ俺はこいつに振り回されるんだろうと確信することになったのだった。


拍手[3回]

PR

無意識なのだろう。
「やめろ。」
がり、がり、と断続的に音が続く。
「荒北。」
そう呼びかけても荒北は生返事で、福富の方を見さえしない。片方の手では雑誌をページを捲り、そうしてもう片手は口元へと運ばれている。ぎざぎざになった爪を揃えるようにひっきりなしに歯でそれを噛み切っている。そんなことをするよりやすりか何かを使った方がいいだろう、と福富が言ったって聞きやしない。
荒北のこの癖は彼が物心ついてからずっと持ってきたものなのだという。何気ないとき、たとえば片手が空いていて手持ちぶさたな時だとか、もしくは少しばかり口が寂しいとき、つまりはちょっとした暇があるときにそれはよく表れるらしい。
「爪でひっかいたりして痛いからやめようとは思うんだけどネェ。」
荒北はそう言って苦笑してみせるが、大抵その後しばらくすればその癖が始まってしまうから本当に「思うだけ」なのだろう。

「こら」
福富がそう言って彼の手を取ると、荒北ははっとした様子で福富の方を見た。いびつに尖った爪の先を見て福富が少しばかり眉を寄せる。荒北はちょっとだけ決まり悪そうな顔をするが、すぐに無意識だからサァと悪びれもしないような台詞を言ってみせた。
「仕方ない奴だな」
福富は呆れたようにそう言うが、しかしそれ以上荒北を責める気にならないのは、その癖が彼が本当にリラックスしているときにしか出ないものだと知っているからだ。
けれどその一方で福富は複雑な気持ちにもなるのだった。

(恋人が隣にいるんだから)
手が空いているなら俺の手を貸してやるのに。口が寂しいと言うならいくらでもその唇に噛みついてやるのに。
そう思えども福富が口に出来ないのは、それが彼にとっての癖なのだからだろう。


拍手[2回]


自分には恥じることなどないと思って生きてきた。
今までに後悔したことが無いと言えば嘘になる。しかしそれでも自分がその出来事によって何かを学んだのだと思えば糧になった。自分の強さはそうして絶対的なものになっていくのだと、揺るぐことのないものとなるのだと思っていたのだ。レースで勝つことも、またどんなシーンでも負けないことによって自分自身の強さは証明されるのだと俺は思っていたのだった。

それが揺らいだのはある一つの出来事があったからだ。
思い出したくない。けれども思い出さなければどうにもならない。レース中、それもインターハイという大舞台の上で俺は取り返しのつかないことをしてしまった。一人の男の選手生命をすら奪ったのだ。それがどれだけ重大なことかなんてわからないはずがない。これを過去のことだと割り切って進んでいいようなことでもないのである。後悔だって簡単に出来ない。
手を伸ばしたあの一瞬に瞼にこびり付いた光がまだ残っている。拭いきれない。思い出すたび、瞼を閉じるたびにあの光景が浮かんでは喉を締め付けられるような思いに駆られる。

「失格だ。」
選手として、やってはいけないことをしてしまった。誰かの将来を奪うという、人間としてしてはいけないことをしてしまったのだ。許しを請うこともきっと許されない。ただただ苦しいばかりでどうしたらいいかわからない。

俺はベッドに腰掛けたままそう言って、深い溜息を吐いて俯いた。
そんな俺をじっと荒北は見つめている。彼がこの部屋に来て口にしたのは「言って楽になれよ」という一言ばかりだった。それ以来荒北は黙り込んでいる。どちらかというと俺の様子を慎重に探っているといった方が近いのかもしれない。
俺もすっかり口を閉ざしたことによって、部屋の中には重苦しい沈黙だけがあった。じわりと痛みが目の奥に広がる。言ったところで苦しいばかりだ。荒北は俺に何を求めているのだろう。俺はもうお前の前で走ることすらーー

「福ちゃん。」
荒北がそこでふと口を開いた。俺は顔を上げる。荒北はローテーブルに肘をついたままこちらを見ていた。笑みもない、かといって俺を哀れんでいる様子も怒っている様子もない。そこに浮かんでいるものが俺には読みとれなかった。
福ちゃん、と荒北はもう一度呼んで。それから俺の目を覗きこんだ。

「お前は強いよ。」
荒北の目には俺の顔が映り込んでいる。青ざめた、ひどく焦ったような表情だ。それを見てなお荒北はそう言うのだ。
「・・・俺は強くない。」
「お前は強い。」
「何でそんなこと、」
「だってお前の前には俺がいるんだぜ。」
何も考えなくていい。苦しいなら目を背けてしまえ。俺がお前の前でひいてやるから。荒北は言った。

「前を見ろ」
そしたらお前が人間やめたって俺はお前をどこまでもひいていってやるよ。
その台詞はひどく聞き覚えのあるものだったが、まるで聞いたことのないもののように俺には思えた。
今度は何も言えなくなって俺は口を噤む。喉に何かつっかえたような顔をしている俺を見て、荒北は少しだけ口の端を持ち上げた。

拍手[2回]

※東堂と荒北


「山神様の言うことにゃあ」と自分で節を付けて歌ってみる。なんせ俺は全知全能の山神だから、こんなことを言ったって許されるのだ。
「ナァニ言ってんだこの馬鹿は。」
そう言って呆れた顔をする男は目の前にいるが、しかしながら俺を否定するわけではないようだ。目の前にいる痩せぎすの(実際は案外と見た目に似合わず屈強ではあるが)ひょろながい男は荒北という、俺のチームメイトでありまた本日の迷える子羊である。
「ナァ、それって宗教観念いろいろ混じってねェ?」
「細かいことは気にしてはいかんよ。」
「細かいことばっか気になんだよなァ。」
「そういうことばかり考えるから悩みなんてものを持つんだぞ、荒北よ。」
るっせと素早い返球。荒北は眉を寄せ机に頬杖をついて俺を睨んだ。放課後の教室に二人きりだなんて少しドキドキしそうなシチュエーションだが残念ながら俺の眼中にこいつは入っていないしこいつの眼中にも俺は入っていないから必要条件も十分条件も満たさずこの証明は成り立たない、つまりはあり得ないのだった。
荒北はどこか苛立ったような様子で椅子に腰掛けて俺を見ている。彼は俺の返答を待っているのだ。この山神様の返答を。この学校にはあまたの噂が蔓延っているが、その中でも一番信憑性と裏付けと事実とそれからビジュアル面で信頼できるのは『悩み事があったら東堂尽八に聞け』というものであると俺は自負している。何を隠そう俺はそう言ったことにはほとんど神懸かり的に鼻がきくのだ。(こう言うと必ず荒北はうさんくせえと言うのだが、俺に悩みを相談しにきている時点でそちらの負けであるからそろそろ認めた方がいい。)
今日の相談者たる荒北の悩みは甚大なものであった。ここで「あった」と表現したのは俺の中ではもうこの問題は解決しているからである。荒北の悩みというのは非常に厄介で、かつ自分一人では解決しようもないことだが俺がこうして相談に乗ってやることですべては綺麗に片付くだろう。
「つまりは、」
俺はそこで一旦言葉を切って、息を吐く。もったいぶるなと荒北の目線が訴えかけているがしかしここでもったいぶらなければどこでもったいぶることができようというのだ。折角の場を台無しにされたくないから俺は荒北から一瞬目を逸らし、気分を元に戻す。そうしてそれから口角を持ち上げて言葉を放つ。
「それが愛というものなのだよ、荒北。」
「ハァ?愛ィ?」
「そう、愛だ。英語で言ってやろうか?ラブというものだよ荒北。お前は愛に取り付かれているのだ。」
「なんか言いぐさ悪ィなぁ。」
「そうかね。けれども事実なのだから仕方あるまい。お前がどれだけ目を逸らそうとも逃げようともそれはどこまでも付いてくるぞ。目に見えないからこそ確かなものはこの世にこれ一つきりだ。」
「そんでェ?俺ァどうすりゃいいの?」
「もうすでにわかっているだろう。俺の話はもう終わりだ飼い狼。」
「山神のくせに随分適当じゃねえの。」
「だって俺は山の神だぞ。人の子のことなんて知ったことか。」
そんなもの鬼にでも食わせてしまえと笑ってやると荒北はふんと鼻を鳴らしてから立ち上がった。
「なるほど全知全能ネェ。」
「納得したか。」
「ああもう十分に。」
それならば去れと俺はひらひらと手を振る。神というものはこういうものなのだと言ってやれば、狼は小さく肩を竦めて笑った。

「山神様の言うことにゃあ、」
機嫌良さげな声が聞こえる。俺はふふんと軽く笑ってその背中を見送った。男が小さく節を付けて歌いながら向かう先がどこかなんて俺にとってはわかりきったことなのだ。


拍手[3回]


※来神


「あっ」
と思って口に出した時にはもう身体は宙に浮いていて、きょとんとした顔をしたままの友人一号やしまったという顔をした親友かつ僕を投擲した彼が慌てている様子が見えて、さて僕の後ろにいるはずの男はどんな顔をしているのかななんて人事のように思いながら僕は飛んでいた。感覚と意識が剥離されていて、もしかして走馬燈ってこういうふうなもんかななんて思っているこの間おそらくほんの数秒。フェンスにぶつかるかと衝撃に身構えるものの、幸か不幸か、まぁこの場合明らかに不幸に決まっているんだけれど、そこには柵も手すりもなにもなくって(そういえばこの間そこの金髪の彼がフェンスをぶん投げているのを見たな)横方向に飛んでいた私の身体は今度は緩やかに下降を始める。ふと視界の中に黒髪が映る。あ、臨也の奴笑ってる。ひどいなぁ親友が自分のせいで落下しちゃってるっていうのに薄情な奴め!その手を掴んで共々この世から消えてヴァルハラにでも連れていってやろうかと手を伸ばすものの掴んだのは空気だけだった。らしくなく舌打ちが出そうになったがそこは紳士的であれという愛しの彼女の言葉を思い出してとどめて、僕はただ目を瞑る。ごうと風が鳴りながら耳元を通り過ぎていった。やれやれどうしてこう彼らといると災難ばかり被るんだろうか。こんなところで死にたくなんてないのに。そう思いながら僕はただ、時が過ぎるのを待つ。

「おい新羅!落ちてんじゃねえよてめえ!」
「シズちゃん、自分で投げといてそれはないんじゃない?」
「うるせえ、そもそも臨也、てめえが余計なこと言って俺をキレさせたんだろうが、」
「そういうのってさぁ、『理不尽』って言うんだよ、知ってる?ああシズちゃんみたいな野蛮な奴が知ってるわけないよねえ。」
「殺す、ぜってえ殺す、」
「おい、何でもいいから早く引き上げてやれよ。」
全く彼の言うとおりである。右足首が非常に痛い。おそらく片手で僕の足首を掴んだまま言い争いをしているらしい彼に「頼むよ」と言ってみたが逆さ吊りの状態ではどうにもうまく声が出なくて間抜けだった。やだなぁだからこいつらといるのはちょっとだけ嫌になるんだよ。

「あっ」
と気付いたときには眼鏡は僕の額を滑って落下していった。頭に血が昇ってすでぼやけていた景色がさらに滲んで混ざりあう。厄日だ、あんまりだ。

「新羅ー、具合はどう?」
ゆっくりと引き上げられながら、僕はその問いに対する答えを考える。全く、これだけ被害を受けたってこんな気分にさせられる友情というものの価値をもっと君たちは理解した方がいい。

「面白いから、まぁ悪くはないね。」


拍手[0回]

  
プロフィール
HN:
長谷川ヴィシャス
性別:
非公開
最新記事
P R
Copyright ©  -- 15min --  All Rights Reserved

Design by CriCri / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]