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大抵のことについて、荒北は福富が「やめろ」と言ったことはやめるし「やれ」と言ったことには従うことにしている。別にそれは彼が判断基準を福富に全部預けてしまっているとかそういったことではなくて、ただ単に荒北にとってそれが最善だろうと思えるからなのだった。

「それにしたって」
呆れたように東堂が頬杖をついたまま苦笑する。テーブルを挟んだ向こう側、ペットボトルを持ったままぶすくれた顔をしている男に彼が向ける視線は生温いもので、見られている荒北にとっては非常に居心地の悪いものだった。
「何か文句あんのかよ」
「文句は無いがね。しかしいくらなんでも、と俺は思うのだよ」
「っせ、お前にゃわかんねえよ」
荒北はそう言って手元のペットボトルを机の上に置いた。中身のほとんど入っていないボトルがこん、と軽い音を立てる。緑色のパッケージ。それはいつも彼が好んで飲む青い缶の炭酸飲料ではなく、浅い色合いの緑茶であった。

東堂が微妙な表情をしているのはそのボトルのせいだった。
最近荒北が炭酸飲料ではなくお茶ばかり飲んでいることにふと気付いてしまったのが運の尽きで、その所以を尋ねたのが決定的にいけなかったのだ。
荒北曰くは非常にシンプルで「福ちゃんがあんまり飲むなって言うから」とただそれだけである。

「福にその理由は聞いたのか」
「別にィ。福ちゃんが言ってんだからそうなんだろ」
「お前はそれでいいと」
「俺がそうしてえからしてんだよ」

全く呆れた。東堂は言葉も無くしてただ荒北を見つめる。当の本人は何も不思議なことなんてないとしれっとした表情をしているが、世間一般から見ればそれが友情というものとはずれていると彼らは知っているのだろうか。

「荒北」
ふと呼ぶ声がしたのに振り向けば、見慣れた金髪が立っている。その手に握られている緑のボトルを見て東堂がふと思い出したのは「骨の髄まで」というありきたりな独占欲についての一節だった。


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カーテンを締め切った薄暗い部屋の中で、テレビの画面だけが浮かび上がっている。
フラッシュライトのように画面が白く染まった瞬間、隣にいる男の肩が揺れるのを感じた。クーラーが効きすぎるからと理由を付けて二人で膝に掛けているタオルケットの下で、ぐっと手を握りしめられる感覚。

福富はこっそりと視線を横へ向けて彼を見る。荒北は画面を食い入るように見つめている。あんまりこういうのは好きじゃない、と言ったのはどの口か、彼はいつの間にかすっかり夢中になっていた。

ありきたりなホラームービーだ。(こういったものの好きな後輩に聞けばこの映画はパニックムービーというのに入るらしいが。)最近部内で流行っているらしいことは知っていたが、まさか自分のところまでDVDが回ってくるとは思っていなかったらしい荒北がどんな顔をして福富の部屋を訪れたかは言わずもがなである。
「ビビりだって思われんのも癪だろォ」
どう言って押しつけられたのかと聞けばそう言う。こういった時に負けず嫌いというのは貧乏くじだと思うものの福富は口には出さなかった。

始まってからしばらくの間はバカみてえにちゃっちいな、だとかコドモ騙しだろ、とかそう言ったことを話していた。福富だってこういう類のものは得意ではないから荒北が話していると安心したりしたのだが、しかしどの辺りだっただろうか、中頃の、ヒロインが襲われるシーンになった頃にはもう部屋に響くのは映画のサウンドばかりだった。

くだらないし悪趣味だと思う。
それでもいきなり画面に血塗れの男が現れれば驚くし怖い。
福富はじっとりと手のひらに汗をかいている。荒北が福富の方へとさらに身を寄せると、福富の方も少し近付いた。同じタイミングで肩が跳ねたせいでがつんと骨同士が当たる音がした。しかしそんなことに構ってなんかいられない。不意に血が飛び散った瞬間に、荒北がひっと小さく声をあげたのが聞こえた。福富は何にも言えずに身をこわばらせるばかりだ。

「今日、こっち泊まる」
「頼む」
エンドロールをバックに掠れた声で荒北が言ったのに福富はそう応えた。こうなることは予測できたはずなのにそう出来なかったのは、きっと福富も負けず嫌いだったからなのだろう。


拍手[4回]

「福ちゃん、あれ見たァ」

会話は大抵唐突に始まる。

「あれ、」
「あのあれだヨ。部室の」
「ああ。左に」
「片付けといた」
「すまないな」
「いいって。そういや明日って」
「三時だ」
「わかった、ありがと。後で部屋行くわ」

「なぁ、何であれで伝わるんだと思う?」
新開は机に頬杖をついたままそう尋ねた。視線は質問を投げた東堂の方ではなく、まだ会話を続けている二人の方にある。それは単語と単語をそのまま繋げただけの、それでいて外からはどこで接合されているかわからないものだった。
東堂は新開の質問に「さぁな」と一言答えただけで、またすぐに意識を携帯電話の画面へと戻してしまう。つれないな、と新開が言ったのには返答しなかった。タッチパネルに触れる指先は忙しない。きっと彼がライバルだと言ってはばからない、あの派手な髪の男にラブコールを送っているのだろう。
談話室の中には彼ら四人しかいないと言うわけではないが、けれども何だか自分がひとりぼっちみたいな気分になって新開は小さく鼻を鳴らした。それに一瞬東堂が顔を上げるが、わずかに口元に笑みを浮かべたばかりで構ってくれるつもりはないらしい。荒北と福富はあんな調子だし、まったく友達甲斐のない奴らめと新開は首を振った。
しばらくの間新開は東堂が楽しげに小さな液晶を覗きこんでいるのを眺めていたが、再び荒北と福富の方へと目をやってちょっと目を細めた。

二人の会話は続く。
「だからこう、」
荒北が手を持ち上げて指でぐるりと円を描くような動作をする。
「外回りで行く方が」
「タイムロスだ。それなら東からの方がいい」
「それじゃあダメだろ。見えなきゃ意味ねえし」
「なら直線だ」
「アア、それが一番いいかなァ」
「おめさんらよ、さっきから何の話してんの?」
新開がそう口を挟むとようやく二人は彼の方を向いた。まるでそこに彼がいたのをすっかり忘れていたみたいな意外そうな表情を浮かべている。ひでえ、と心の中で新開が呟いたことは二人にはきっとわからないのだろう。
福富はちらりと荒北の方へと目を向けてから「大掃除の話だ」と腕を組んだまま言った。
「大掃除?」
「ああ、部活をやっている生徒で分担して――」
「いやそうじゃなくて…」
「何だ」
「お前等の会話の繋がりがわっかんねえよ」
一言だって「掃除」なんて単語出てこなかったじゃないか。そう新開が言うと、二人は顔を見合わせてそうだったかななんてとぼけたことを言っている。どうしてあれで伝わるんだ、と新開が疑問を投げかけても当人たちも首を傾げるばかりだ。

「考えるだけ無駄だぞ、隼人」
互いに不思議そうな目で相手を見やる三人を見て、東堂が笑いながらそう言う。
「こいつらはそれで完結してしまっているのだ。外から見たってわかりっこない」
二人だけに伝わる言語がそこにはある。
ことり、とそこで東堂が手に持っていた携帯電話を置いた。ああ、と新開が声を漏らしたのは、相手は違えど東堂もその「言語」を持っているのだと気付いたからだった。



拍手[6回]

緩い波がやってくる。ゆっくりと沈んで、ふとした瞬間に浮上して。
荒北は少し口を開けて流されるがままに欠伸をした。
蛍光灯は煌々と灯されたままである。瞬きをする合間に光が滲んで瞼に焼き付く。
(ちょっとだけ)
仮眠だから、とそう自分の中で言い訳して彼は目を瞑った。片手には読みかけの文庫本がある。今日、福富に付いて図書室へ行ったときに借りてきたものだ。本は嫌いではないが、しかし普段活字になんて免疫がないものだから数ページもしないうちに閉じることになってしまった。
考えてみれば本を読むのなんて久しぶりのことだった。荒北だって高校生だから、教科書を読んだりするのは日常のことだが、そうではなくこうしてまともに自分から文字と向き合うのはいつぶりのことだろうか。

ふと温もりを感じて目を開く。見れば、身体の上にいつの間にか布団が掛けられているのが見えた。手に持っていたはずの本は枕の横に置かれている。荒北は薄らと目を開いたまま、掠れた声でありがとうと呟いた。
「十五分ぐらいしたら、起こして」
「構わない。今日はそこで寝ろ」
金髪が見える。荒北が寝入る前と全く同じ姿勢で、福富はベッドを背もたれにして本を読んでいた。荒北がごろりと寝返りを打って彼の方へと顔を寄せると、まるで猫か何かにするように福富は荒北の髪を撫でた。
「何読んでんの」
荒北が寝ぼけたような声でそう尋ねる。もうほとんど眠りに落ちかけている、芯の無い声だ。福富が一度本を閉じてそのタイトルを読み上げてやっても、荒北はなんだか曖昧にああ聞いたことあるナァみたいな心にも無さそうな台詞を口にしただけだった。
じりじりとシーツの上を移動して、荒北は福富の背中にすり寄る。鼻先を肩胛骨の辺りに埋めるものだから福富にとってはくすぐったくて仕方なかったのだが荒北はそこで落ち着いてしまったらしい。

「読書はもういいのか」
福富がそう尋ねてみても荒北は小さくうめき声をあげただけだった。どうやら福富の勧めた本よりも、荒北は福富自身の方がお気に入りのようだ。荒北が彼の背後で小さく欠伸をした。釣られて欠伸をして、福富は蛍光灯の眩しさに瞬きを一つする。

拍手[3回]

あんまり器用な方ではないから。そう福富が言ったのに思わず荒北は吹き出した。
「それにしたってお前ヨォ、」
「中学の時は学ランだったんだ」
「理由になんねえよそんなもん」
本当に自転車以外のことはからっきしなんだな、と荒北は非常に愉快そうに笑っている。隣にいる福富は相も変わらず鉄仮面のままだが、しかしどこかしらむっとしたような様子である。
練習が終わった直後の倦怠を吹き飛ばすかのような笑い声。荒北のこんな声を聞くのは初めてだったからどこか新鮮な思いを抱く一方福富がそれに対して全面的に良い感情を持てないのは、荒北が自分の手元を見てその声を上げているからだった。

「おめー今までどうやって登校してきたんだよ」
荒北はまだ口の端に笑いを残したままである。普段、あの特徴的な髪型にセットされている黒髪は今は下ろされて、長い前髪が彼の目を半ば隠していた。ちらちらとしか覗かないせいで一層その目が気になってしまって、福富はどうにも落ち着かない気持ちになるがナァ、という荒北の呼び掛けではっとして、ようやく口を開いた。
「・・・新開が」
「新開ィ?」
「スプリンターだ。あの赤毛の、」
「知ってらァ、んなこと。なァにお前、毎朝そいつにネクタイ結んでもらってんのォ?」
「いや、特に咎められなければ結んでいない」
「よくそれでギャーギャー言われねえな」
「お前とは素行が違うからな」
「ケッ、言うじゃねえの」
ひどく口が悪い。しかしながら顔は笑っているからそう悪く聞こえない。面白がられているらしいと福富は思って、また少しだけ眉を顰めた。手元で絡まってしまったネクタイを解きながら福富は次にどう言えばこの男に笑われないかと考えてみたが、ちらりと横目に見た荒北のにんまりとした、少し人の悪そうな笑顔が嫌いではないだなんてことを思ってしまったから、何も言えなくなってしまった。
荒北の頬にはかすり傷が見える。今日も転んだのだと、不愉快そうに、しかしどこか満足げに言っていたことを思い出す。

「おい、鉄仮面」
しばらくして荒北がそう呼びかける。福富が顔を上げるその前に、彼の骨張った長い指がひょいと手の中にあったネクタイを取り上げていった。
「俺が結んでやるよ」
「お前が?」
「ああ。お前が自分で結べるようになるまでなァ」
その代わり、と荒北は続ける。
「俺がお前より速くなるまで、首洗って待っとけよ」

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長谷川ヴィシャス
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