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予約したチケットは一枚。静岡から東京までの往路だけ。
席はバスの前から二番目の窓際で、座席は堅い。ブランケットは付いているが薄くてクーラーの風が直接当たるこの席だとちょっと物足りないように思う。リクライニングもあまり出来ないし、前の席との隙間も狭くて身体を縮めなきゃいけない。居心地はそこまで悪くないが、だが収まりは悪い。朝まで少しでも眠れるだろうか。ただでさえ落ち着かないような気持ちでいるのにこんな席じゃ無理な話かもしれない。荒北はそんなことを思いながら、消灯後の真っ暗な車内で目を開いたままでいる。


金曜日の夜中一時に駅を出た東京行きの夜行バスは空いていた。基本的に昼行の方が安くて楽な路線だからかもしれない。それにきっと、ここから東京までなら電車で行く方が速いからだというのが一番の理由だろう。
それでも荒北がこのバスを選んだのは、ふと福富に会いたいと思ったのがもうすでに終電もない時間のことだったからだ。
夕方の六時過ぎに部活を終えてくたくたで帰ってきて、そこから少し眠って目が覚めたのは夜の八時過ぎだった。そこでふと、福富に電話をかけてみようなんて思ったのが悪かった。寝起きでしかも空腹でぼんやりしたまま電話をかけて、そうして電話口に出た彼の声を聞いた途端、もう堪らないような気持ちになって気付けば「今から行くから」なんてことを口にしていた。

ポケットに携帯電話と財布だけ突っ込んで、履き古したスニーカーを引っ掛けて彼は家を飛び出した。駅の方に走り始めてからふと鍵閉めたっけなんてことが頭を過ったが、角を曲がった時にはもうすっかりどうでもよくなっていて、そのあとすぐに彼の考えはすっかり今から向かおうとしている先のことばかりになってしまう。

とにかく会いたいと思った。会って、それから後のことは何も考えていない。いきなり抱き付いてキスするような性格でもないし、だからと言って目が合ってもずっともじもじ下を向いていられるようなおとなしい気性は持ち合わせちゃいない。

(まぁ、たぶん、服ちゃんはびっくりすんだろうなァ)
荒北は暗がりの中で目を開けたままそんなことを考えている。彼はカーテンの掛かった窓に寄り掛かりながら、細く開いた隙間から流れる景色を眺める。靴も靴下も脱いで、床に足を投げ出している。眠気はなんとなくは感じていたが、しかし目を開けていられないほどではない。荒北は窓の向こうで道沿いの街灯がどんどん後ろへと飛んでいくのを眺めながら、今から会いに行く男のことばかりを考えている。
顔を合わせたらまず、福富は驚いた顔をするだろう。もしかすると「本当に来たのか」なんてことを言うかもしれない。それから部屋に入って、アイツにお茶とか出すとかそんな気遣いができるだろうか、まぁそれがなくてもとにかくしばらくは世間話か何かすると思う。そしたらそれから――
荒北はそこまで考えて、不意に気恥ずかしいような気持ちになった。ああなんだか、オレもどうにも単純っていうか、そういうのが目的ってわけでもないのに一度考えてしまうと勝手にそっちに流される。彼は一度目を閉じて頭の中に浮かんだ光景を消してみようとするが、一生懸命にそれを消そうとすれば消そうとするほどどんどんいろいろなことが思い出されてきてしまってどうしようもなくなってしまう。
ハァ、と溜息を吐く。気を紛らわそうと、彼はポケットに入れっぱなしだった携帯電話を取り出して画面に触れる。一通メールが届いているのを開きながら彼は頭を振って、どうにか頭を切り替えようとしていた。
だがそれも叶わずに彼がシートに崩れ落ちたのは、その次の瞬間だった。

『用意はしてある。身体だけ準備して来い』

あのバカ、と荒北が頭を抱えていることなんて福富にはわからない。東京に着くまであと五時間近くもあるのに、オレをこんなにしといてどうするつもりなんだ。荒北がそんなことを考えていることにも構わずに夜行バスはゆっくりと進んでいく。


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「腹が減った」と隣にいる男が言ったので福富は立ち上がるが、準備をし始めた彼を引き留めたのは原因である荒北本人だった。
「どうした、腹が減ったんじゃないのか」
「それは言った、けどさァ」
首を傾げた福富に、荒北はひどく言いにくそうな調子で「そうじゃなくて」と言ってそれからすぐに目を逸らした。何か言うのをためらっては彼は口を閉ざし、ちらりと福富の方を見ては視線をまたよそにやる。彼が言いたいことがよくわからない福富は立ったままそちらを見つめるばかりである。どうしようかと彼は手に上着を持ったままじっと荒北のつむじの辺りばかり眺めていた。
「外に出るのが面倒なら食堂ででも」
「そうじゃなくて、オレが言いたいのは、」
「なんだ」
「何だ、ってお前よォ」
とにかくもう一度座れ、と荒北が言うと福富はおとなしくその言葉に従ったが、しかしやはりまだ納得していないような顔であった。

ベッドに腰掛ける。福富が腰を下ろした拍子に荒北の体がわずかに揺れた。それと同時に、荒北が買い物に行って帰ってきてからずっと枕の横に放置されたままになっているビニール袋もがさりと音を立てる。腹が減っていたならさっきコンビニに行った時に何か買ってくればよかったんじゃないか、と福富はふと思ったがそれを口にはしなかった。相手が悩んでいるような、困っているような表情をしている時にこんなことを言えばきっと荒北はへそを曲げてしまうだろうと思ったからだ。せっかく今日は休日で、それに二人きりなのだ。機嫌の悪い時の荒北のことだって福富は嫌いではないが、こんなに天気のいい日には機嫌のいい彼と過ごしたいと思う。
そんなことを考えながら福富は黙ってじっと荒北の次の言葉を待っている。荒北はなんだか小難しいような顔をして、膝に肘をついて何か考え込んでいる。少し離れて座っていたのを福富がいったん腰を上げて距離を詰めると、その瞬間に荒北ははっと弾かれたように顔を上げた。目が合う。ちょうど外からの明るい日差しが荒北の左頬の辺りに掛かって、片目だけがきらきらと輝いているように福富には見えた。
何とはなしに上体だけを傾けて荒北の方に顔を寄せてみると、荒北はそれを避けるように身体をのけぞらせる。
「荒北?」
福富が軽く首を傾げると、荒北は目を泳がせて彼から視線を逸らした。目は天井を見て、福富の背後を見る。それからドアの方に向かうと、最後にベッドの上に転がっているビニール袋を見た後また福富の方に視線を戻した。ずっりィ、と荒北が途方に暮れたような声で言う。
「福ちゃんそれ無意識にやってるわけェ」
「何がだ」
「そういうとこだって」
「…言っている意味がよくわからないんだが」
「かっわいいなァ、ホント」
まるで観念したような言い方で荒北はそう言って、身体を傾けて福富の頬に唇を落とす。がさり、と音がしたのに福富がそちらに視線をやれば、ちょうど荒北の片手がビニール袋を掴んでいるのが見えた。
「オレさァ、腹ペコなんだよ」
荒北がニヤリと笑う。そうしてその後、袋から取り出された小さい箱を見て、福富が赤面したのは言うまでもないだろう。


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※即興二次小説制限時間30分で書いたやつ。お題「最強の武器」




「馬鹿だなぁ寿一は」
呆れたような声で新開はそう言い、目の前にいる男を見る。福富は黙ってそちらを見返して、憮然とした表情をしている。本当に、と前の台詞を強めるように新開が続けると彼の眉間の皺は更に深くなった。自分が何について言われているかわかっていないような表情だ。新開は呆れてちょっと肩を竦めて言葉を続けた。
「寿一ってさぁ、本当に自分のことわかってないよ」
「…どういうことだ」
「そのままの意味だよ。折角それだけの武器持ってるのに一つも使い方をわかってない」
新開が軽く首を振る。福富は納得いかないとでも言いたげにじっと新開を見詰めて、どういうことだと繰り返した。立ち上がりかける親友をテーブル越しにまぁまぁと止めながら新開は苦笑を滲ませる。普段あれだけ高校生らしくないような落ち着きを見せるくせにこういうところは子供っぽい。珍しく堪え性の無いような様子で苛立ちを隠そうともしないで、福富は厳しい顔をして彼の前に座っている。手に持った空のペットボトルをぼこぼこと音を立てて弄んでいる。ひどく居心地が悪そうだ。そういえば中学のときもいつだってこいつはこういった話題になるとどこかに逃げていってしまっていたなとふと思い出して、新開は何だか一人ちょっとだけにやけてしまう。親友の成長が微笑ましいようなくすぐったいような、それでいてどこか困ってしまうような気分だ。福富は新開のその表情を見て、少しだけまた苦い顔をした。速く続きを、とでも言いたげな視線に促される。やれやれ、と言いたくなるのを口元に笑みを浮かべるだけで止めて、新開はまた口を開いた。

「まず、アイツはお前のことが好きだ」
新開は断定するようにそう言った。福富がそれを否定しようとする前に言葉を続ける。
「好きじゃないわけが無いだろ。だってそうでなけりゃ毎日毎日あんなに一緒には…まぁそれはいいとして、前提としてアイツはお前のことが好きなんだ。ここまではいいだろ。それじゃあこれからアイツをどう落としていくか、って話になるんだけどさ、そもそもそういうことはお前は考えなくてもいいんだよ、寿一。小難しいことは考えなくていい。お前はお前のままでいいし、余計なことは一つもしなくていいんだ」
だってそれがお前の最強の武器だ。お前は何もしなくてもあいつにとっての一番の弱点だし、それに何よりお前が一言「そう」だと言えばアイツは何にも出来なくなるんだ。
「いいか寿一。おめさんは何も考えるな」
以上、俺のアドバイス終わり。新開がそう言って肩を竦めると、福富はひどく困ったような顔をして彼を見た。
「終わりか」
「終わりだ」
「…それ以外は」
「無いな」
「…」
福富は黙り込んで目を伏せている。こいつに相談するんじゃなかったとでも思っているんだろうか。でも誰に聞いたって同じ答えが返ってきたはずだ、と新開は内心思いながらその姿を眺めていた。答えはすでに出ているのにこいつはずっと立ち止まっているだけなのだ。毎日毎日カップルかそれとも夫婦かとでも言うくらい寮でも学校でも部活中でも一緒にいるくせに、それにあいつのことなら当然俺が一番わかっているという顔をしているくせに、こんなところばっかりはわかっていない。
不思議な奴だ、と新開は首を傾げて彼を見る。
「なぁ寿一、やるなら早くした方がいいんじゃねえの」
今日やるって決めたんだろ。新開がそう言うと福富は顔を上げる。気の進まない様子の彼に、さっきと同じように、「心配しなくていい」と言ってやるとそれから新開はこう言った。

「代わりに靖友に電話してやろうか?」

福富は黙り込んでいたが、それからすぐに「自分で探す」と言って立ち上がった。どうやら彼は自分の武器をなんとなく、理解したようだ。


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「監督は何て?」
「一週間の謹慎と、それと次は無いと注意しておけと」
「へえ優しいじゃん」
「少しは反省しろ」
荒北はその台詞に皮肉っぽく笑う。福富が厳しい視線を彼に向けても悪びれた様子もなく、俺は悪くねえんだから当たり前だろと逆に笑みを深める始末だ。部室の床に行儀悪く座り込んだ彼は、片手でアーレンキーを弄びながら福富を見上げる。その頬は赤く腫れ上がっていた。歯が当たって切れたという唇の傷はまだ生々しく血で湿っている。傷口の手当ても適当にしているからきっと明日にはもっと腫れ上がってしまうだろう。福富がちらりと視線でその脇にある救急箱を示してみせるものの荒北はそれには反応しない。意固地である。つい一時間ほど前にそのせいで喧嘩を売られたことをこいつは一つも反省してはいないのだ。
「アイツはどうした」と荒北が尋ねるのに、喧嘩相手の三年の先輩は監督判断で一月は部活に出られないだろうということを伝えると荒北はいかにも楽しげに口元を吊り上げた。殴られた片頬が上手く持ち上がらないせいか、その笑みはどこか不恰好な感じがしてなおいっそう悪気が見え隠れしている。福富が眉を顰めると荒北はそれを見てまた声を立てた。
「傷は痛むか」
近付きながら福富がそう尋ねる。あと一歩の距離まで寄ったところで荒北は立ち上がって福富のほうを振り返った。口は先ほどとは打って変わって不機嫌そうにへの字に歪められている。何も言わないところを見るとまだ痛むらしい。
「口の中切って話しにくい」
「喧嘩の原因は?」
「あいつが吹っかけてきたんだヨ」
荒北のその口調はひどく剣呑なものだった。その中身を聞いているんだ、と福富が言ってもそれに返答する気は無いらしく、ただ不機嫌そうに眉を寄せている。
「もう喧嘩はするなよ」と福富が言うと、荒北は面倒くさそうに福富のほうに目をやった。
「何でお前に指図されなきゃいけねーんだよ」
「お前は俺が連れてきたからだ」
「ハッ、俺はお前のモンってか」
「違うか」
「全くどうしようもねえ奴だな!」
荒北が愉快そうにそう笑う。否定しないあたりお前もだろう、と福富はつい先ごろ自分が飼いはじめた躾の悪いペットを見る。気性の荒い、我の強い生き物である。しかし自分だけにはこいつはこういう顔を見せるのだ。福富はふとそう思って、自分の中に得体の知れない感情があることに気が付いた。

「二度とするなよ」
「もし喧嘩したら?」
「俺がお前を殴る」
「アア、それは悪くねえかもなァ」
荒北はそう言ってから唇の傷を舐めた。思わず目を逸らした福富の視界の端で、荒北が口の端を吊り上げていた。




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