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通過

今でも時々は昔のことを思い出す。
かつて高層ビルの建ち並ぶひどく大きくて狭い街に住んでいたこと。毎日毎日移り変わる人々を眺めていたこと。それと同じぐらい頻繁にある男と殺し合いと呼んで良いほどの喧嘩をしていたこと。そしてその頃俺が情報屋と呼ばれていたこと。
今となってはもう「昔」と言うしかないそれらの出来事は、あの土地を離れた後もまだ俺の側にいて、ふとしたときに視界に入ってくる。ちょっとした事情で俺があの街を出てもう何年が経つだろうか。年数を数えようとすると過去となってしまった出来事たちがこうして俺の視界を遮るものだから、未だにうまくいったためしがない。きっとこれからも俺は思い出すことばかりが上手になっていくんだろう。

寂れた駅のホームのベンチに腰掛けながら電車が来るのを待っていた。あの街から離れ俺は人の目を逃れるように電車を乗り継いで、そうしてこの町にやってきた。ほとんど潰れかけたような工場がいくつかあるばかりの灰色の町だ。町の端には港があるが潮の向きの関係かそれとも風潮がそうさせるのか船が泊まっているところを俺は見たことがない。どこへ行っても潮の匂いがする。俺がこの町に住み始めたのはそのせいかもしれない。時折俺のもとに訪れる思い出の中の半分ぐらいは煙草の匂いがする。それをかき消してくれる海の香りを俺は頼りにしているのだ。

ここへ来てから、俺はずっと一人である。元々人口の少ないこの町では外れに住んでしまえば隣人と言える人さえおらず、へたをすれば言葉を忘れたって生きていける。言葉を生業にしていたあのころと雲泥の差だと時々おかしくなる(どちらが上かは俺にはわからない)。
ただ過去だけがいつでも俺の側にいる。何かを考える時にはいつも光を鈍く反射する金髪が浮かぶ。
いい加減忘れてしまえばいいのにと常に思うのだが、身体のどこかがそれを拒否する。彼の指先が思いもしないくらい優しかったことや彼の声の響き、彼の体温。自分でも気付かないうちにそんなものが思い出されてくる。

(彼にとって俺は何でもないただの人間だった。)
もうずっと前にそう結論づけたのに俺は彼を昔の物として認めることが出来ないのだった。

ホームに電子音が響く。この駅に止まらず通過していく電車の窓に金色が光ったような気がして無意識に目がそれを追うのを、あきらめが悪いと大きくため息を吐いた。


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