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洗面所

「どうやってあの髪型を作るんだ。」
そう言って男が俺の手元を覗き込んでくる。無表情のくせに目には好奇心が一杯に浮かんでいて、あんまりにそれがただただ純粋なもんだから俺は振り払うことも出来ずに少しばかり眉を顰めることしかできなかった。

「荒北。」
それなりに広い洗面所の中で、わざわざ一つの鏡の前に男二人で立っている様子は周りからどう見えるだろうか。幸いにもまだ朝は早いから俺たち以外には誰もいないが、しかしながらそれでも距離が近いことには変わりない。ちょっと離れろ、と俺が言っても福富は早くしろと期待を込めた目でこちらを見るばかりで聞いちゃいない。
俺は長く伸ばした前髪をざっと掻き上げながら一つ溜息を吐く。全く面倒な奴に捕まったもんだ。今俺の隣にいる男。名前を福富という、なんともおめでたいような字面の男と出会って以来俺はこいつに調子を狂わせ続けられている。ロードレーサーなんていう、ぱっと見本当にこんなもんで走れんのかって思えるような自転車にうっかりはまってしまったこともそうだし、それに入る気も無かった部活なんてものに参加することになったのもそうだ。今だって、人がわざわざ誰とも会わないように時間をずらして起きてきたにも関わらずこいつはこうして俺の側にいる。そうして何を言うかと思えば「いつものあの髪型にしないのか」なんてことを興味津々で言うもんだからわけがわからない。
調子が狂う。こいつを振り払えないのも本調子じゃないからだ。まだ出会って間もないこいつに振り回されているなんて考えたくなかったが、しかしそれでもこいつが「前を見ろ」と言った瞬間に見えた景色を俺は忘れられずにいるからもう手遅れなのかもしれない。
口に突っ込んでいた歯ブラシを取っ払ってうがいをする。ちらりと鏡越しに見ると、やはりまだ福富は俺の方を見ていた。こいつなりに俺と交流を図ろうとしているのか、それともただ単なる好奇心か。(おそらく後者だろうと俺は思う。)
「福富よォ、」
俺がそう振り向きながら口にすると、福富は今度は俺の目を見た。朝早くから男二人で向き合って何してんだと内心では思ったが、口には出さなかった。
「お前、俺に何つった。」
「何をだ」
「人の三倍回せっつっただろ」
「ああ」
「だから俺、今から朝練行くんだけどォ?」
「ああ・・・なるほどな」
俺が今から髪の毛をセットする気が無いと気付いたらしい。福富は少しばかりがっかりしたような顔をした(ように見えた)が、すぐに俺にどのコースにするのかと尋ねた。峠があるところだと俺が答えると「わかった」と一言返事して福富はこちらから視線を逸らしてしまう。どうしてそれを聞いたのかの説明もない。案外感情で動く奴なんだなと俺がちょっと意外な気持ちでいると、ふと福富は振り向いて俺の方へ視線をやった。
「今日は俺も一緒に走る。」
「アア?何だよ珍しいことすんじゃねえか。」
そう俺が返すと、少しだけ福富は目を泳がせて、それからまた視線を戻し、こう言った。
「そうすれば、お前が髪の毛をセットしているところを見られるだろう」
バカじゃねえの、と思わず口にした俺に福富は何とも返さなかった。けれども一瞬こちらに待てよと向けられた視線にもう俺は動けなくなっていて、結局のところ俺はこいつに振り回されるんだろうと確信することになったのだった。


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