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電話を切ってすぐ俺は駆けだした。風呂上がりの濡れたかみのまま、靴下を履きもせずに目に付いた靴を引っかけて。Tシャツだってもう何年も寝間着として使っているよれよれのものなのも忘れて俺は家から飛び出していた。
夜の何時過ぎだったかは覚えていない。もうすぐ明日になるねと電話越しにあいつがいったことだけは覚えている。真っ暗な道を俺は行く。息を弾ませて、周りの目なんか気にする必要もなかった。
こんなことになったのは何もかもあいつが悪い。俺はさっきの電話内容を思い出す。家に帰ってきて、飯食って、風呂に入って、それからぼんやりテレビなんか見ながら扇風機に当たっているときにあいつが電話を掛けてきた。それ自体は珍しいことじゃない。あいつは俺の都合のいい時間を見越して時折、繁にじゃないがこうして電話を掛けてくるようになった。俺とあいつがこういう関係になってからのことだ。恋人、なんて呼ぶとあいつは少し困ったような顔をするのだが、時々こうして電話をして、お互いの声を聞いて、それから顔が見たくなって、直接手に触れたくなったりして、次会ったときにはどんな話をしようかなんて考える関係を俺は恋人以外に知らないからそう呼ぶことにしている。口に出したことなんて無いが、俺はきっとあいつのことが好きで、あいつも俺のことが好きなんだと思う。俺たちは高校時代からずうっとお互いばかり見つめすぎていて、あんまりにもこういった関係性に慣れていない。
だからだろうか。さっき臨也の、あんな声が聞こえたのは。
息苦しい。それでも脚は止まらない。俺の家の最寄り駅から新宿までは何分だっけ。電車に乗るのももどかしい。あいつはドアを開けて待っているだろう。何とも言えないような、自分自身でも何と言っていいかわからないみたいな顔をして。俺たちは長い時間を共にしてきたのに、それでもまだお互いに言っていない、言えていない言葉がある。
濡れた髪がシャツを濡らしている。もしかすると汗で濡れているのかもしれない。家の電気を消し忘れたことだとか今の格好だとか心配ごとはいろいろあったけど、すべては心臓の音が消してしまった。俺の頭の中に残ったのはただ一言。あいつの言葉だけ。
「今、君に会いたい。」
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※来神
折原臨也の成績は決して悪くない。それどころかテストの成績ではいつだって上位に名が連ねられていたし、臨也自身勉強は嫌いではなかったから(真面目だとかそういうのではなく、彼は単に知識を頭に入れる作業が好きなのだ)小学校や中学校の時には、図らずとも「優等生」の称号を欲しいままにしていた。
中学の頃彼と同級生であった岸谷新羅は臨也のそんな姿に頻繁に首を傾げ、「君、とても今つまらなそうな顔をしているよ」とテスト用紙を眺める臨也自身に言ったことがあるほどだ。
――しかし高校に入った今ではどうだろう。
新羅は隣で神妙な顔を取り繕っている臨也をちらりと見ながら考えた。
ーー昔だったらこうして教師に呼び出されるなんて頭にも浮かばないようなイイコだったのに、今の君といったら!
自分も呼び出されて並ばされていることなんて新羅はすっかり忘れているみたいに、彼は口の端を小さく持ち上げた。
不意に臨也の視線が新羅に向けられる。何笑ってんだよ、とその目は言っている。別になんでも、と肩を竦めて返してやると、やれやれと臨也も同じ動作をした。それがおかしくて笑いをかみ殺すために反対側に向けた視線が今度は静雄とぶつかって、もうどうしても声を抑えきれなくなってしまった。静雄の顔は泥だらけで、そして臨也も、その隣にいる門田も、そうして新羅自身もどろどろだった。
「高校生にもなって、」
教師が怒っているんだか呆れているんだかわからないような声で言っている。しかしもうその声は彼らには届いてはいない。笑い上戸の新羅がくすくす声を上げ始める。そして少し手を伸ばして隣で後ろ手に組まれていた腕に触れると、そこから伝染したのか臨也も笑いを堪え始める。始め怪訝な顔でそれを見つめていた静雄も俯いて肩を震わせ始め、いつの間にやら門田もその仲間に入っていた。
何がおかしいのか、何がそんなに楽しいのか。彼らにだってわかってはいない。
「お前等はもう高校生なんだから、少しは自覚を盛ってだな、」
教師が盛大に眉を寄せるのを見て、臨也はもはや抑えることもなく声を上げた。
「だって先生。俺たち高校生だから。」
折原臨也の成績は決して悪くない。それどころかテストの成績ではいつだって上位に名が連ねられていたし、臨也自身勉強は嫌いではなかったから(真面目だとかそういうのではなく、彼は単に知識を頭に入れる作業が好きなのだ)小学校や中学校の時には、図らずとも「優等生」の称号を欲しいままにしていた。
中学の頃彼と同級生であった岸谷新羅は臨也のそんな姿に頻繁に首を傾げ、「君、とても今つまらなそうな顔をしているよ」とテスト用紙を眺める臨也自身に言ったことがあるほどだ。
――しかし高校に入った今ではどうだろう。
新羅は隣で神妙な顔を取り繕っている臨也をちらりと見ながら考えた。
ーー昔だったらこうして教師に呼び出されるなんて頭にも浮かばないようなイイコだったのに、今の君といったら!
自分も呼び出されて並ばされていることなんて新羅はすっかり忘れているみたいに、彼は口の端を小さく持ち上げた。
不意に臨也の視線が新羅に向けられる。何笑ってんだよ、とその目は言っている。別になんでも、と肩を竦めて返してやると、やれやれと臨也も同じ動作をした。それがおかしくて笑いをかみ殺すために反対側に向けた視線が今度は静雄とぶつかって、もうどうしても声を抑えきれなくなってしまった。静雄の顔は泥だらけで、そして臨也も、その隣にいる門田も、そうして新羅自身もどろどろだった。
「高校生にもなって、」
教師が怒っているんだか呆れているんだかわからないような声で言っている。しかしもうその声は彼らには届いてはいない。笑い上戸の新羅がくすくす声を上げ始める。そして少し手を伸ばして隣で後ろ手に組まれていた腕に触れると、そこから伝染したのか臨也も笑いを堪え始める。始め怪訝な顔でそれを見つめていた静雄も俯いて肩を震わせ始め、いつの間にやら門田もその仲間に入っていた。
何がおかしいのか、何がそんなに楽しいのか。彼らにだってわかってはいない。
「お前等はもう高校生なんだから、少しは自覚を盛ってだな、」
教師が盛大に眉を寄せるのを見て、臨也はもはや抑えることもなく声を上げた。
「だって先生。俺たち高校生だから。」
喉が痛い、と臨也が言うので額に手を当ててみると、普段の彼の冷え冷えとした様子からは思いもしないくらい熱くて、静雄はひどく驚いた。どうしたものかと声も出せずに戸惑っているうちに、布団に寝転がった臨也は、満足に服も着ないままに眠りの世界へとゆっくりと落ちていく。辛うじて袖を通しただけのシャツと、そこから覗く肌に散った赤が眩しくて静雄は眉を寄せた。
「臨也。」
呼んでみると彼はわずかに目を開けはしたが、もう何も見てはいなかった。虚ろな目に自分の顔がぼやけたままに映り込んでいる。静雄は一つ息を吐いて彼の方へ近付くと、ゆっくりとした動作でシャツのボタンを一つ一つ留めてやった。臨也はぼんやりとそれを眺めていたが、次第に視線は力を失って、静雄が上から二番目のボタンまでたどり着いた頃にはもうすっかり瞼を落としてしまっていた。ぐたりと力を失う身体。静雄は臨也の頭を持ち上げて、その下に枕を差し込んでやって、それからその薄っぺらな身体に布団を掛ける。薄手の毛布の下で規則的に動く胸を眺めやりながら、静雄は煙草が吸いたいとふと思ったが、臨也が一つ咳をしたのが気になって、どうにも動くことはできなかった。撫でた頭はわずかに汗で湿っている。やはり熱があるのだろう。寝苦しいのか眉を顰める臨也の頬に手を添わせて、静雄はまた一つ息を吐いたのだった。
喧嘩人形と呼ばれる静雄とて、一度や二度風邪をひいたことはある。それはもうずっと昔の、子供の頃のことであってここ最近、はっきりと思い出せる範囲では病気一つしていないのだが、それでもあの時の苦しかった記憶は断片的にではあるが脳裏に浮かぶ。身体の浮き上がるような感覚。耳の奥の方がきんと痛くて、頭の芯がひどく重かった。舌の奥がすっかり腫れ上がってしまっているのか、口を開くのも億劫だった。鼻水も出るし、そのついでかは知らないがなぜだか涙も出た。
ひどく苦しかったのだ。そばに人がいなければきっと耐えられなかっただろう。しかし記憶の中では静雄は一人ではなかった。母や弟が側にいて、苦しいと言えば彼らも同じように苦しそうな顔をしてくれた。それになんとなく安心したことを彼は覚えている。
臨也はまだ当分は目を開かないだろう。隣にいる男がどんな顔をしているかなんて気付かないのだろう。それでも静雄が側に居続ける理由について、彼も、そして眠っている臨也も言わなくたってわかっているのだろう。
